桜前線が遅くなりました!

のっけからなんですが、すみません! コラムのアップ日を間違えまして、アップ予定を大幅に狂わせてしまいました。ごめんなさい! 昨日までタンスタ姉妹誌の風まかせのロケで数日間、編集部を空けていたのだけど、先日このコラムで書いたタブレットPCのメール受信設定を間違えて設定して…、まぁ、最新機器を使いこなせない昭和生まれ丸出しといったところですね、ハイ…、重ね重ねスミマセン。

さて、話は変わってその花見の話。先ほど話した昨日まで編集部を空けていた取材とは、琵琶湖方面のツーリングロケ。僕としては久々の関西遠征だったのだけれど、こっちとの気候の違いを如実に感じさせられたのだ。理由は桜。関東に住んでる僕にとって関西は単に東京より“西”というだけで、無条件で暖かいという、なんの根拠もない印象があったのだ。考えてみれば「東京から東の東北や北海道は寒い」→「西には暖かい九州や沖縄がある」→「春は西からやってくる」という、極めて稚拙な三段論法によって導き出された誤解だろうと予想がつく。関東と関西はほぼ緯度も一緒だから、地形や標高、季節風によって気候が逆転するような場合も当然あるわけである。琵琶湖周辺はまさにそういった場所で関東より寒いらしく、関東では1週間前に通り過ぎた桜前線がまだまだそこに停滞しており、東京ではすでに散ってしまった桜が満開だったというわけだ。

おかげで今年は関東と関西、2回目も花見ができてしまったというワケだが、なぜかそれだけで得したような、うれしい気分になるから不思議なものだ。いったいなんでなのだろうか? 僕が日本人だからだろうか? それとも外国の方でも日本で満開の桜を見るとうれしくなったりするんだろうか? たぶん僕らにとっての牡丹やユリやチューリップと同じように(どれも他の国の国花だ)、「○○国らしい花」と思うことはあっても、桜に感じる感慨ほどのことはないんじゃないだろうか? とも考えてしまう。この感受は割と多くの人がわかり合える感情じゃないだろうか?

最近「日本人としての…」なんてご大層な演説をテレビで耳にするけど、日本暮らしが40年近くになるけど僕は日本人を表す厳密な定義がいまだにみつけられない。日本人とは、日本で生まれた人だろうか? 日本語を話す人だろうか? それとも国籍を持って税金を払っていれば日本人なのだろうか? その答えを求められたとき、何をもって自分が日本人であることを証明できるだろうかと思う。僕の場合、なんとなくだが、その答えとなるのは“桜を見るとなんだか無条件にうれしくなってしまう”みたいな単純なことじゃないだろうか?と思うのだ。桜が大好きな日本人でごった返す桜の下でそんなことを考えてしまった春。なにはともあれやっぱり桜は何度見てもいいもんだ。

やたぐわぁ

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やたぐわぁ

本名/谷田貝 洋暁。「なるようになるさ」と万事、右から左へと受け流し、悠々自適、お気楽な人生を願うも、世の中はそう甘くない。実際は来る者は拒めず、去る者は追えずの消極的野心家。何事にも楽しみを見いだせるのがウリ(長所なのか? コレ)だが、そのわりに慌てていることが多い。自分自身が怒ることに一番嫌悪感を感じ、人生の大半を笑って過ごすことに成功している、迷える本誌編集長の44歳。

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