腐らせた外車と向き合う夏

久しぶりに家の庭に放置したままになっているバイクのカバーを外してみることにした。久しぶり…と書いたが、最後にカバーを外したのは東日本大震災で起きたガソリン不足が一段落したころだったから、実にまる4年。別の車両にガソリンを移し替えるためにカバーをはがしたのだが、そのときに再給油と軽い整備をして以来…。つまり、放置をはじめてなんだかんだと足かけ8年近く経っている。4年前に一度確認して状態を見ているとはいえ、さぞかしサビだらけになっていることだろうと、最近ではカバーをめくることすら怖くなってしまった。

この車両放置をするライダー心境とは不思議なものだ。放置しているのだから、熱心に愛でるつもりはサラサラないのだが、かといって手放すつもりもない。それでいて横を通るたびに「マズい、このままではイケない」…と負い目を感じつつも、現実から目を背けてズルズルがながれていくものらしい。時間が経つにつれ、その負い目も大きくなるのだが、カバーをめくる勇気も同じだけ必要になる…という負の放置プレイスパイラル。うーん、バイク雑誌の編集部員とは思えない所業である。

で、かわいそうにカバーの下で腐りつつあるのは、カジバ(現・MVアグスタ)というイタリアのバイクメーカーのエクストラ・ラプトール。世界一デザイン優先で作られたバイク…だと勝手に僕は思っているのだが、デザイナーはドゥカティのモンスターやホンダのVTRの生み出したといわれるミゲール・ガルーツィ氏。鋼管トラスフレームとVツインエンジンのマッチングにおける黄金律を打ち立てた方だ…と僕が勝手に思っている(笑)。エンジンは外車なのにワザワザスズキのTL系の988㏄Vツインエンジンを積んでいるのだが、これがちいとばかし僕の腕では持て余すバイクで、“いつかコイツを手足のように操ってやる!”とは思っているのだが、なんだか乗りこなせないままに、最近ご無沙汰になってしまっているというワケだ。

それがなんで急に手を入れようと思ったのかって? キッカケは他の出版社のバイク雑誌編集者が集まる飲み会にお呼ばれすることになったのだが、その場で話すテーマを「外車が欲しい夏」にするという連絡があったから。欲しい外車がないワケでもないが、僕の場合、庭先でくすぶっている外車をなんとかする方が先である。これ幸わいと、庭で腐らせてしまった外車と向き合う話をネタにしようと思ったのだ。

そんなこんなで意を決してカバーを外してみると思いのほかコンディションが悪くなっていないことに驚かされた。駐輪状況は、もちろん屋根なし、地面は土もあって湿気も上がる場所。バイクカバーこそ新旧含めて4枚ぐらいかけていたが、ハンドルやフロントフォークなど、真っ先にサビそうな部分にもまったくサビは発生していない。よく見ればタンクのキャップボルトや、マスターシリンダーの留め具といった、サビに弱そうな部分には電離腐食が出始めているが、4年という放置の年数を考えるとダメージは非常に軽微。僕的には軽過ぎて首をひねってしまったぐらいである。前回カバーを外したときに油脂類とシリコンスプレーだらけにして再びカバーをしたのがよかったのだろうか? たぶんそうなのだろう。その証拠に唯一シリコンスプレーを吹きかけてなかったグリップとシートの座面だけがカビが生えたように薄汚れている。ただそれもこすれば落ちる程度のもので問題ナシ。これならワリとお手軽に復活させられそうじゃないか。何年もの間、放置していたくせに、意外と輝きを失っていないとわかると、俄然ヤル気が出てくるからゲンキンなものだ。

さて、どこから手を付けようか? 手始めにガソリンタンクを開けて臭いをかいでみたが、まぁ普通にガソリンの臭いがするから異常なし。樹脂製タンクだから鉄タンクと違ってサビの心配もなさそうだ。放置バイクを復活させるうえで一番やっていけないのは、いきなりセルを回して、腐ったり、サビの出たガソリンをキャブレターやエンジンに送ってしまうこと。いくら放置に強いインジェクションでも、水やゴミを送られたらアウトというわけだ。4年前に満タンにして、水抜き&変質防止剤入れておいた効果のが功を奏したのだろう、ガソリンはそのままいけそうである。

ならば次は車体である。ホコリを落とすために中性洗剤で下洗い、次にオートグリムの防サビ剤入りの洗剤で洗い上げる。どうせ、またしばらく放置するのだから当然だ。各部をウエスで洗いながら状態を確認して行くと、さすがにゴムバンド類の劣化は激しく、硬化して崩壊してしまっている部分もある。まぁ、タイラップなどで応急処置可能なレベルだ。

掃除と各部のチェックが済んだら、いよいよエンジンにとりかかる。まずは冷却水やオイルなどの液物をチェック。オイルは劣化に強い100%化学合成油をフンパツして入れていたおかげか長年の放置でも乳化していない。このままエンジンぐらいはかけられそうだったが、なんせ8年前のオイルだからね。念のために交換することにした。

いよいよ始動してみることにしよう。4年間の放置でエンジン内部のオイルは下がりきってエンジン内部の各部は油膜切れを起こしているとハズだ。本来ならプラグホールからオイルをちょっと入れて、ピストンとシリンダーをなじませるぐらいはやるべきなのだろうが、Vツインエンジンはちょっと面倒な位置にプラグがあるため割愛(笑)。せめて少しでもエンジン内にオイルを潤滑させようと、ギヤを6速に入れ押しがけの要領で繰り返しクランキング。クランクシャフトを回してオイルポンプを動かし、多少なりともオイルで潤滑させてやろうという魂胆だ。押してみればピストンもちゃんと動くのが感じられる。クラッチ操作に変な張り付き感もないし、ミッションも8年の放置を感じさせないぐらいスコスコ入る。わりとエンジン内のコンディションもよさそうじゃないか(笑)。ただ、バイクを転がしているとゴム製のチェーンスライダーが砕けて落ちてきたが、これはまぁ仕方あるまい。最後に外してトリクル充電していたバッテリーをつないで再起動の準備は完了である。

セルを回せば、あっけなく始動するエンジン。“燃料供給にインジェクションを採用している車は、フロート室を持つキャブレター車とは違ってガソリンが腐らず、詰まりにくいので放置に強い”というのがセオリー。実際バイク雑誌のメンテナンス記事にもそんなことも書いたことがあるが、身銭を切ってそれが体感できたというわけだ。まぁ、キャブレターと違ってタンクからポンプで圧送しているわけだから、ガソリンさえまともであればエンジンがかかるのは当たり前なのだが…(笑)。

キャブレターのフロート室内の固着やツマリで泣かされた経験がある僕としては、4年間放置したバイクが、ちょっとした整備だけですんなり火が入ること自体が驚きである。しかも、アイドリングの変調もないし、エンジンもキチンと吹け上がる。このまま車検に持って行っても通りそうなコンディションじゃないか。ええ、自信をもって言い切りましょう。“インジェクション車は、キャブレター車よりもはるかに放置プレイに強いです!”。冬は乗らないと決め込んでいるライダーは、ハナからインジェクション車を選ぶべきだね、これは…(笑)。

腐らせた外車と向き合う夏。あまりにすんなり復活し過ぎて、件の飲み会のネタにはならなかったが、まぁ、それもいいだろう。このコラム1回分のネタにはなったしな(笑)。再びチェーンを油まみれにし、シリコンスプレーを景気よくふりかけて再びカバーをかける。走らないまでも、もう少しひんぱんにカバーを外してやらなきゃ…と“今は”思っている。

やたぐわぁ

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やたぐわぁ

本名/谷田貝 洋暁。「なるようになるさ」と万事、右から左へと受け流し、悠々自適、お気楽な人生を願うも、世の中はそう甘くない。実際は来る者は拒めず、去る者は追えずの消極的野心家。何事にも楽しみを見いだせるのがウリ(長所なのか? コレ)だが、そのわりに慌てていることが多い。自分自身が怒ることに一番嫌悪感を感じ、人生の大半を笑って過ごすことに成功している、迷える本誌編集長の44歳。

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