ごく私的戦争遺物 -人食いゴキブリの恐怖-

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ごく私的戦争遺物 -人食いゴキブリの恐怖-

先日、荷物を整理していると懐かしいものが出てきた。蚊帳(かや)である。一応書いておくと、蚊帳とは、箱形に縫われたネットを室内に吊して蚊の侵入を防ぐという防虫グッズである。この蚊帳は僕が沖縄に住んでいるころにほぼ一年中使っていた思い出の品。

沖縄では数こそ変わるもののほぼ一年中蚊がいる。蚊除けのために張っていた…、ということもあるのだが、この蚊帳の真意はそこにはない。じゃあ何を除けていたのかというと黒光りした素早いあの昆虫である。ことわっておくが沖縄のゴキブリはものすごい。和紋ゴキブリと呼ばれる種類の背中にツキノワグマのようなマークの入ったヤツらが沖縄での主戦力だが、体長5cm以上と思われるヘビー級の個体もざらにいる。しかも、よく飛ぶ。本州のゴキブリはいざというときに「エイヤッ!」っと意を決して飛ぶ程度だが、向こうのヤツらは歩行より、飛ぶ方が得意なのではと思うほど飛翔が達者なのだ。また、数も多い。僕の住んでいた与那国島では下水道が完備されておらず、道路の脇にある排水溝に生活用水を流している。またトイレもくみ取り式の家がいまだ多く、僕の家も庭に離れのトイレがある昔ながらのぼっとん便所だった。そんな排水溝やトイレの便ツボはヤツらの温床。幸いなことに、そのおかげで屋内にゴキブリが住み着くということはあまりないが、ゴキブリを見かけない日はまずないほどたくさんいる。

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※お食事中の方はここで読むのをやめてください。
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ある朝。起きてみると足のスネにすりむいたようなキズができている。最初は夜中に自分でひっかいたのだろうと思っていた。しかし、日を追うごとにそのキズが大きくなっていく。

さすがにへんだなぁとは思っていたのだが、どうしようもないので放っておいた。そんな、ある晩のこと。何者かに例のキズをまさぐられる感触で目が覚めた。寝ぼけながら、そのあたりに手をあてるとなんと、手の中で何かがうごめくではないか! あぶらぎった羽根の感触、棘のような足!

「ひぃぃぃ!」

あわててその物体を放りだし、電気を付けると視界のスミを走り去る黒い影。しかも、壁に落ち着くと「ごちそうさま」といわんばかりに身繕いまで始めやがる。手近にあった週刊誌ですぐさま極刑に処してやったが、(ちなみに沖縄のコイツらは飛ぶのはうまいが、歩行はちょっとノロいのでしとめやすい)なんと沖縄のゴキブリは人を食うのである! スネにできたキズはゴキブリの仕業だったのだっ!!

物陰に潜むヤツらの影におびえて眠れぬ夜を過ごした次の日。僕はヤツらとの全面戦争を決意した。今まで、それほど害を感じることはなかったので屋内で出会った奴を殺すことはあっても攻めに出ることはなかった。しかし夜な夜なヤツらの侵攻におびえて暮らすのは御免である。ヤツらを駆逐すべく殺虫剤、バルサン、ホウ酸団子、ゴキブリホイホイなど、島に1軒しかないスーパーで、思いつくかぎりの害虫駆除グッズを購入。

そしてまずは守りを固めるべく室内の要所にゴキブリホイホイをしかけ、殺虫剤も迎撃しやすいところに配備した。続いて反撃ののろしをあげるべく、ホウ酸団子を家屋付近の排水溝に投下。そして追い打ちをかけるように主力兵器バルサンの登場である。

このバルサンはヤツら最大の温床、便ツボを駆逐するために購入した化学兵器なのだ。しかも念には念を入れるため便ツボの広さに対してかなりオーバースペックの特大16畳用を装備した。偵察がてらおそるおそる懐中電灯で便ツボの中を照らすといるわいるわ、底が見えないぐらい重なり合ってうごめくヤツらの群れ。しかもそれぞれが擦れ合うカサカサという
気色のわるい音も聞こえてくる。ぞっとするとともに、毎朝こんな中に自分の分身たちを落としていたのかと思うとなんだか申し訳ない気分になってしまった。

気をとりなおしてバルサンを吊せるようにヒモを取り付け、素早くヤツらのアジトへとスルスルと下ろす。数十秒後、トイレから立ちのぼる化学兵器の頼もしい煙。一応、脱出をはかる奴を一掃しようと週刊誌を持って待ち伏せていたのだが、なんたることか、尋常じゃない数のゴキブリがわらわらとわき出てきやがる! 化学兵器が効いているようで数メートル進んではころりと仰向けで息絶える奴も多いのだが、とにかくその数ははるかにこちらの予測を超えていた。しかもパニックを起こしているようで軌道がまったく読めない。中には得意の飛翔を試みる奴もいる。自らが引き起こしたあまりの事態に怯んでいると、そこへ頼もしい援軍が到着したのである。

援軍の名前は「鳥類同盟軍」。一度降り立ったと思うとおのおのがめぼしい獲物をくわえて飛びさっていく。何羽の鳥がいたのかは知る余地もないが、瞬く間に一掃されてしまった。こうして第一次ゴキブリ戦争は終結。ヤツらとの攻防戦は僕が沖縄に住んでいる間、1ヶ月ごとに続けられたが、やはりヤツらの圧倒的な物量作戦とゲリラ戦法に勝ったとはいいがたい状況が続いた。蚊帳はそんなヤツらから身を守るために購入した思い出の品なのだ。

…今年の夏は久しぶりに広げてみるか?

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やたぐわぁのプロフィール

「なるようになるさ」と万事、右から左へと受け流し、悠々自適、お気楽な人生を願うも、世の中はそう甘くない。実際は来る者は拒めず、去る者は追えずの消極的野心家。何事にも楽しみを見いだせるのがウリ(長所なのか? コレ)だが、そのわりに慌てていることが多い。自分自身が怒ることに一番嫌悪感を感じ、人生の大半を笑って過ごすことに成功している、迷える43歳。

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