「分解エクスタシー」は存在するのか?

おもちゃや電化製品といった機械の分解。これは、男の子なら一度はしたことがあるだろう。今でこそ滅多にやらないが、ボクは中学時代をピークに、けっこうな数の機械を分解した思い出がある。

最初に分解したのは、「ランチア・ストラトス」のラジコンカーで、小学生のころ誕生日プレゼントで買ってもらった代物だった。いつからか壊れて動かなくなったのだが、ふと中身がどうなっているのか知りたくなって、ある日親父の工具を拝借して、分解作業にいそしんだわけである。

でも、ただ分解しただけだと元に戻せなくなるのは目に見えてるので、事前にしっかり準備をすることも怠らなかった。机の上をキレイに片付け、さらに取り出した部品をきちんと保管するため、クッキーのトレーを用意した。机の真ん中にラジコンカー、そして作業しやすいよう、手の届くところにさまざまな工具を配置して準備は万端。部屋は暗くして雰囲気を演出し、気分はさながら「白い巨塔」の手術シーンである。今考えればかなりアホだが、そうしてボクは一人部屋にこもり、ラジコンカーからいろんな部品を取り外しては、あぁでもないこーでもないと、分解作業を楽しんでいたわけである。

まぁだいたいここまで書けば、この話のオチは想像が付くと思うが、当然のことながらバラバラになったラジコンカーは、すぐに修復不能になってしまった。なのでひとしきり楽しんだ後は、とりあえず一式を段ボールにしまい、一連の行動は「なかったこと」にしたわけだが、しばらく経ったある日、気がつくとその部品たちは親に捨てられており、ボクの「ランチア・ストラトス」は、めでたく分解の犠牲第1号になったわけである。

そうして分解の楽しみを知ってしまったボクは、それからもいろんな機械を手に入れては、分解しまくっていた。ただ基本的にネジを外したり、構造がどうなっているのかを調べたりするのが楽しいだけで、特に修理に興味を持つことはなかった。しかしながらごくまれに、壊れたモノを分解して、特に何もせずに元に戻しただけなのに、故障が直る場合があったりするから不思議である。例えば親から「調子が悪いから見て」と電化製品を渡されることがよくあったのだが、ホントにただ分解しただけなのに、なぜか直ったりするので、「いったいさっきまでの故障はなんだったんだろうか」とよく思ったものである。

ただ、まだ壊れたモノをバラバラにしていたうちはよかったのだが、問題が起こったのは壊れてもいないものを分解しはじめたときであった。一番悲しかったのは、毎年のお年玉を積み立ててようやく買った「ワイヤレスウォークマン」である。ボクはどうしてもレシーバー側の中身が気になってしまい、ちょっとだけ分解したのだが、分解したとたんに見事本体からの電波を受信しなくなってしまい、ワイヤレスウォークマンがただのウォークマンになってしまった苦い思い出である。この失敗を機に、むやみやたらにモノを分解するのはよくないということを学び、以後自粛しているわけだが、特に最近の電化製品は精密化しているので、分解は御法度である。もちろん説明書にはきちんとそう書いてあるのだけど…。

ちなみに今のボクの部屋には、壊れたスピーカーユニットが取り外されて、もはやただの木箱と化しているスピーカーが2つ、鎮座している。いいかげん何とかしないといけないのは分かっているものの、かれこれ3年ぐらい放置しているので、そろそろ本腰を入れて修理しようかと思っている今日このごろである。何事も壊すのは簡単だが、直すのはもっと大変である。でも分解ってなんかワクワクするんだよねぇ…。男の子ならきっと分かってもらえると思うのだが…。

C.ARAiのプロフィール

30代後半・Web制作班所属。何事にもしっかりしていたい気持ちはあるものの、やってることはかなり中途半端。基本的に運命にはあまり逆らわず生きていくタイプで、いきあたりばったりが自分にはよく合っていると思っている。悪く言えば計画能力ゼロ。モットーは「来るもの拒まず、去るもの追わず」。

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