いとこのミッチャン(後編)

いとこのミッチャン(後編)

いよいよ、いとこのミッチャン(仮)が上京してくる当日となった。夕方ごろ最寄り駅に着く予定だというので、着いたら駅まで迎えにいくことになった。午前中は用事もありバタバタしているうちにトントンと時間が過ぎていったが、さて午後になり約束の時間が近づいてくるととたんに内心そわそわしてきた。雑巾を床の上で前後に動かしつつ、頭の中では(食事はどんなものが好きなんだろうか? 普段どんな生活をしているのだろうか? どんな会話からはじめようか? …)という具合にあれこれ気ばかり焦ってくる。なにせずいぶん久しく会っていないのだ。それによく考えると、こうやっていとこ同士で連絡を取り合って会うということも今まで一度もない気がする。たいてい親兄弟と一緒か、盆暮れ正月に祖父母の家で合流するかであった。もてなし方に少々戸惑いを感じる…が、そもそも、そのように細かいことを気にするような性格であったら、どんなに目的地近辺だからといってわたしの家に連絡などしてくることはなかったであろうし、非日常という意味でも、我が家の至らぬもてなしだってきっと楽しんでくれるハズ。うん、そうに違いない…と自分の気を落ち着かせ、時間になり連絡がきたので駅まで迎えに行った。

最寄り駅の待合場所で、どこかな〜とキョロキョロしていたら、数メートル先で同じくキョロキョロしている見慣れたシルエットを発見! 「おーい!」と手をふると向こうも手をふり小走りに近づいてきた。「久しぶり〜!」お互い老けたが雰囲気は変わらないのですぐに見つかった。「突然でごめんね〜、ありがとね〜」フシギなことに、このなつかしい名古屋弁のイントネーションを耳にしたとたん、私の気持ちは一気にリラックスしてきた。さすがに東京暮らしのほうが長くなってしまったので、名古屋弁がスラスラ私の口からも出るということはなかったものの、気持ちが軽くなっていくところを見ると、いつの間にか知らず知らずのうちに、私はよそ行きの顔になって毎日を過ごしていたのかな〜なんて思ったりして。しかもいとこという、友達とはちょっと違った、また親よりも少し離れた関係というのがなかなかいいかもしれない。結局、昼間に懸念していたことなどすっかり忘れ、久々の再会にすなおに喜び、お互いたわいもない話をして翌朝には目的のオープンガーデンのお宅に送って別れたのだが、今回のミッチャンの訪問で、改めて故郷や親類の良さや必要性を感じた次第である(離れているからよけいにそうなのかもしれないが)。最近は交通の便もいいし、お別れの時間になっても「じゃあまたねー」とサラッと言えるし、「こっちにもマジで遊びに来やーね」と言われれば社交辞令でなくホントに行く気になれるし、指先でピッピッとすればコミュニケーションもとれるし、離れていればいるほど話も新鮮で、面白い時代だなあとつくづく思う。

さて、余談である。今回、ミッチャンから教わったのは「パシャッとペット(だったかな?)」というものである。「ねーねー、チャンカメはパシャットペットやっとる?」「へ? パシャ? ペット??」キョトンとしているとスマートフォンの画面をこれこれと見せてくれた。「こうやって自分のペットの写真を送ってね…」正直なところ、私がおどろいたのは最近の写真加工技術とその操作の手軽さのほうであるが、やっぱりいつも私より一歩先を歩いているミッチャンなのであった。また遊びに来やーね!(見ていないと思うけど! 笑)

いとこのミッチャン(後編)

チャンカメのプロフィール

タンスタ創刊号の〆切間際に入社した古株女子。現在は雑誌広告を中心に、たまにイラストなどの仕事をする。最近ZZR1100を手放し、愛車はSDRとリード100。

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